why aren't you myth maker ?

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poem1 字体はポップで、

 廻れ 廻れ 夢しか知らぬ 子供のように
 廻れ 廻れ 御前もかつて 自慰(し)たように
 廻れ 廻れ 火照った顔だ いやらしい もう分ったか? ミスメイカー!
 嗚呼 アア 知らない 私は知らない 伝説紡ぐか・間違える 二者択一の 目隠し地獄
 もう分ったか? ミスメイカー! まだ分らないか ミスメイカー!

conversation1

「……ユニークな詩だね?」つい語尾が上がってしまった。思わず「?」がつくくらいに。
「そうだろう? いい詩だと思わないかい?」体育座りをしている彼女は微笑した。「今なら特売、たったの2円さ」
 それは安いなァ。ぼくは小銭入れの中を確認した。
「3円ある? 1円玉がないんだ。5円玉なら……」
 しかし彼女は首を振った。
「ぴったりじゃないと売ってやれない。そういう決まりなのさ、残念なことに」
 そうなの…… なら、しかたないなァ……………………
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 理髪店ボブの話に戻す。理髪店ボブはさっきも言ったようにぼくの家から駅までの道中にあるけれど、そういう言い方をするよりか、単にお向かいさんと言った方がわかりやすいかもしれないね。もっと正確に言うなら斜向かい。2階建ての白いアパートで、1階がボブの店になっている。緑色の看板には白字で「理髪店ボブ」。「ボブ」の字だけ少し変。屋根は青い。2階のベランダには色とりどりの植木鉢があって、それぞれから色んな種類の花が咲いていて道路側を向いている。
 理髪店ボブが開くのは大体10時くらいからだけれど、ぼくが9時くらいに家を出るとボブは店の前で意味もなく座り込んでいたり本を読んでいたりすることが多いからその時はきちんとからかってから駅に向かう。たまにラジオ体操とかもやっているから笑ってしまう。定休日は火曜日で、その日のボブの行動は読めない。理髪店にいたり、いなかったり。いないときに何をしているのかは全くわからない。
 スタッフは1人だけいる。サリーというやつなんだけれど…… こいつについては本当に必要になるまでできるだけ話したくないから悪いけれど今はパスを使わせてもらうよ。さっき言ったように話したくないことは話さないつもりなんだけれど、それにしてはサリーはちょっと深く関わりすぎているから、少し展開上避けられないものがあるわけだ。ぼくとしても辛い話だよ。でも、それでも今出すか後で出すかくらいのことは好きにさせてもらうよ。許して候。
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 あとは簡単にぼく自身についても話しておこう。こっちは本当にすぐ済む。神奈川のある無名な美大に通っている絵画学科油画専攻の2年生で、月曜と水曜と金曜と土曜は授業があるから外に出る。火曜日は用事があって毎週昼過ぎに恵比寿まで出る。木曜日と日曜日は基本的にフリーだから好きなことをして過ごす。大体2週間に一度はモネの睡蓮を見に上野に出るし、また2週間に一度は映画漬けの日がある。少し前まで1週間に一度は彼女と会うようにしてけれど、こっちはもうなくなってしまった。他には友だちと会ったり、実家に戻ったりするけれど…… あとはもうひとつ、1週間に一度は必ず行うことがあって、
 実は、
 この語りは"それ"をしていたことが原因でおこったことなんだ。そして具体的な内容は…… はじめに言った通りさ。理髪店ボブのまわりが、どうしようもなくイカれていたってことなんだ。ぼくは今、それまでの経緯を示しているんだよ。もちろん、わかってくれるよね?
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 大島ツクヨと出会った週の日曜日の朝、ぼくは自宅から徒歩5分ほどの近所のスーパーにいた。カゴの中にはあのおっきな会社のメジャーな牛乳1パック、鶉の卵1パック、チェダーチーズいち、カマンベールいち、ゴルゴンゾーラいち、トマト4個いり2袋、メークイン2個、たまねぎひとつ、にんじんいち、それと柔軟剤の替えがひとつあった。でもそのときのぼくはさらに果物も欲しがっていて、魚介類コーナーを通過してその方へと向かって歩いていた。
 そして 唐突に デラウェアを両手に持って天秤みたいにして見比べているボブと出くわした。

She loves grapes.

 いや、正確には「出くわした」とは言わないのかもしれない。というのも、ぼくはボブに気付いたけれど、ボブはぼくに気付いていないからだ。とはいえ別に遠目で発見したわけでももちろんない。間は158センチくらいしか空いてないのだ。普通なら気付く。普通の人なら普通に気付く。
 なのに気付かないということは、つまるところボブは普通の人じゃないということだし、その理由としてボブの集中力は異常なまでにデラウェアに向いていた。時折両手に持ったデラウェアを上下に持ち上げたりしているのを観察するに、おそらくどちらがより重いか計っているのだろう。面白いからもう少し近づいてみるけれど、全くぼくに気付く気配がない。「この世界にはデラウェアとわたししかありません!」と確信でもしてそうなくらいに外界に興味がないらしく、すぐ背後に回りぴたりと張り付いてみても何のそのだ。
 そんな、あっても誤差数グラムの些事にこだわるのはいいけれどさ、とぼくは息を吐いた。この肩掛けの小さなバッグから覗かせている花柄のポーチみたいなのがサイフなんだろうけれど、こんな接近を許す以上はそっと抜き取っても気付かずに天秤ごっこをし続けるんだろうなぁと思うとどうにも遣る瀬無いものがあった。
「おーい、おチビさん」
 耳元でそう言うとボブは飛び上がった。「何事ですか!?」。しかもそう続けて。どういう反応だよ、とついつい笑ってしまう。何事ですか、じゃねーよ。
「あ、あなたは!」ボブはデラウェア2パックを抱えながら構えた。「いつもの失礼な人ですね!」
「そういうキミは!」よくわからないけれど乗ってみた。「いつもの小さい子じゃないか!」
「小さい子じゃないです! わたしはボブです!」
 おー、出た出た。「違うね」だからすかさずぼくは否定した。
「キミはブドウの国から来た妖精だよ。これはまず間違いない。でもただ人間界に来たわけじゃない。実は追放されたんだよ。妖精だからってちょっとブドウを食べ過ぎたんだな。それがブドウの国の女王様の勘に障ったのさ。記憶を奪われ寒空の下に放り投げられ、それでも持ち前のハサミの力を使って生計を立てているはいいものの、心の底ではまだブドウを欲している。だからこうして近所のスーパーにきてはどちらがより価値のあるブドウかを考えずにはいられない。そういうわけさ」
 ボブに有無も言わさぬ早口で捲し立ててみた。即興の戯言… しかしボブは啓蒙されたみたいに「はっ」と小さくつぶやいて、デラウェアを丁寧に戻してから、「うーん」と唸り始めた。
「な? ボブじゃないだろ?」
「…………」
「…………」
 ……いけるか? と思った矢先、
「…………っ。いえ、…違います! ……違いますよ! わたしはブドウの妖精ではないです! また失礼なことを言って!」
 ボブは目を覚ましたように弾けると真剣な顔をして訴えてきた。ちっ、失敗か。ぼくは肩を竦めた。そんなぼくをボブはにらみつけていた。青い瞳。そしてこう言う。
「私はボブです!」
 たまらず、ぼくは笑ってしまった。
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