why aren't you myth maker ?

 運行情報を確認すると次に来る電車は6分後で、ぼくはどうしようかと考えていた。いや、どうしようかも何も今日はどうしても恵比寿に行かなきゃならないんだけれど、そういうことじゃなくて、この後の電車に普通に乗ってしまうとして、次の駅でさっきの子が待ち構えていたりしたらどうしようかという、見方によっては自意識過剰気味な考えをしていたんだ。背後をみるとちょうど地上に出る階段へ繋がっていて、この来たことのない町をちょっとふらつくのも"ないではない"とも思った。けれど結局ぼくは次に来た各駅停車渋谷駅行きに、車両を2つだけ変えて乗ることにした。翌々考えるとそもそも別に散歩できるほどに余裕に時間を持っているわけでもないし、何より階段を登るのはちょっと億劫な気分だったからね。迷っているうちに電車が来てしまったというのもある。

Didn't you mind my ...

 結局渋谷駅に着くまでにそのジャージ姿の女の子とぼくが出会うことはなかった。それでぼくが少し安堵して、「あの子は一体なんだったんだろう」と五六分ばかり考えたきり、渋谷駅で山手線内回りに乗り換えたときには、その女の子のこともポンジュースと折り畳み傘についても早速忘れかけていたのは、まぁまぁ自然なことだろうと思うよ。大体ぼくは記憶力があまりよくないし、変なものは特にできるだけはやく忘れたがるしね。ただ、恵比寿駅について東口に出てきた矢先に後ろから肩を叩かれたから何かと思えば、
「やっ、おにいさん」
 と笑うその女の子がいたりしたときには、一寸忘れかけていた分、なにか反動のように脳天にずっしりときて頭を抱えたくなった。ぼくは一端前に戻した頭を振るって目をこすってからまた振り向いてみたけれど、女の子は変わらない表情でそこにいた。
「やっ じゃない」ぼくは手を肩から払って言った。「……尾けてたのか?」。すると女の子はわざとらしく額に手を当てるポーズをして否定した。「いーや。わたしが此処に来たのはお兄さんが来る前だよ。10分くらい前」。「どうして恵比寿に用があるってわかったんだよ」。「いやー、さっき言ったじゃん。おにいさんのことは割と筒抜けってさ」。だからそれが意味がわからないし、得体の知れない感じがして嫌なんだよ。「意味わかんない? うーん、そうかー」。女の子は今度は腕組をして考え始めた。いちいち素行がオーバーな感じがする。
 そしてわかりやすいにしてもやはり筋は通らないことを言いのけた。
「あたしは『お前の心を読んでいるッ!』。だから此処に来ることがわかったのさっ!!」
 ぼくらの間どころかその周囲にまで妙な空気が伝わったんじゃないだろうか。→変なしたり顔で固まる女の子と、変な顔で固まるぼく←。ふたりの間の158センチほどの間隔。完全変態した妖精が秒速2キロメートルで往復しようが詰まらない距離感。
「……ってわかりやすく言ってもいいんだけどねー、厳密には違うからねー」
 そしてそう悩まれてもどうしようもないことには割とすぐに気が付いた。
     ○
 待った。別にぼくはストーリー風に語りたいわけじゃない。これはキミと、あとキミらへと作られている空間だし、キミとキミらはおそらくダイジェストのようなものを望んでいるだろう。だからちょっとそのときの話はここらで中断する(一応、ぼくもキミたちのことは慮っているんだよ。一応ね)。ぼくが言いたいのはこれだけだ。つまり大体こんな経緯で、ぼくとこのサイコメトラーぶらないサイコメトラーである大島ツクヨは顔見知りになった、ということ。それだけ理解してくれればそれでいいよ。ボブの話はどこにいったって顔をしているね? 別にボブも話の一部にしか過ぎないんだけれど、とにかくそろそろ関わってくるから待っていてよ。
 大島ツクヨはそのあと、自分の名前を名乗ったきり、「また会おうねー」と残してスタコラとどこかへ去っていってしまった。わざわざぼくに名前を伝えるためだけに恵比寿駅東口で張っていたと言うが、これについてはぼくは疑っている。つまり、ツクヨはその日、できるだけぼくという『(彼女にとって)面白い存在』とコンタクトを取りたかったんだろうけれど、それでいて実はツクヨは常識人的な部分もある、というより、普通に人付き合いのできる人間だったから、おそらく自分がこのまま纏わり付いていたら相手が不愉快に感じるだろうことを、ぼくの心を読んで(この言い方をツクヨは嫌がるけれど)、もしくは読まないまでも、ちゃんと理解して立ち去ることに決めたんだとぼくは思っている。もちろんそうでなくて単にマイペースなだけな可能性もあるけれど……、とにかくツクヨはこっち側に足を踏み入れるだけ踏み入れて、限界まで来たところで惜しげもなく退散していったんだ。
 でもそのときのぼくは当然一連の出来事が何だったのかは全くわからず、結局用事を済ませている最中や帰りの電車の中やさらには家に帰ってからも、ずっとその不思議な出会いについて首を傾げていた。靄がかった不思議な感じは、実のところ数日間にまで及んでいた。他にさして考えることがなかったというのもあるかもしれないね。時期が時期だったのかも。いつぞやのぼくなら終わって五秒で忘却の彼方だった気さえする。でもそのときはそうでなかったんだ。そしてさらに、今思うとあれは回想というより予感の気色を孕んだ靄で…… その証拠として、その週の日曜日に、ぼくは大島ツクヨと再会をした。あろうことか理髪店ボブの店頭で。