why aren't you myth maker ?

 仕方ないから、ぼくは今度は少し離れた場所で窓から景色を見ていた女子小学生ふたりに話しかけてみた。口調はおばあさんにしたものと同じに。すると脳裏で「最近は下手に女の子に声はかけられないよ」という誰かの声がした。「特に年下に対して」はと。途端にぼくはその場を俯瞰してみた。ぼくは変質者に見えるだろうか? 彼女たちはぼくを社会的に迫害するだろうか? 答えがどちらでもなかった。女子小学生ふたりは手を取り合いながら、別にきょとんとした表情を挟むこともなく、ぼくを見るなりクスクス笑い出したのだ。これにはさすがのぼくも面食らった。顔にケチャップでもついているのかと思ったけれど、トンネルの中で目をやった窓には、いつもと変わらないぼくの顔貌しか見えない。ふたりの目に嘲笑はなかったように思う。単に面白いものを発見したから、友達間で笑っている、ただそれだけみたいだった。ぼくはまたその場を俯瞰してみた。すると何だかおかしくなった。どういう状況だろうね、これは。けれどぼくは笑う気はしなかった。ただただ突っ立って、笑う女の子たちを見ていた。ぼくから見て左側の子はオレンジ色のリボンが特徴的。服は黄と赤でまとめあげている。チェック柄のスカートからレギンスが伸びていた。右側の子は準・森ガールって感じ。暑くないのか少しだけ心配にさせられたけれど、不思議なことにその子は汗の一滴も掻いてはいなかった。その涼しげな顔は服の下に扇風機でも仕込んでるのだろうかと疑ってしまうほどだった。
 女子小学生ふたりは、その次に停まった二子玉川駅で降りていった。ドアの向こう側に行ってホームに降り立ったとき、オレンジ色のリボンをした女の子の方が振り向いて、ぼくにバイバイと手を振った。さっきの笑いとは少し違う様態の笑い方だった。その意図はわからなかったけど、ぼくも手を振ってみた。ドアは閉まり、ぷしゅーっと音がして、電車は鈍行を再開した。
 そしてまた仕方ない状態が訪れて、次にぼくは麦藁帽子をかぶったおじいさんに話しかけてみた。これは短く終わってしまった。というのも、おじいさんは新聞を読んでいたのだけれど、ぼくが話しかけるとうざったそうに一瞥したあとに舌打ちをして、そのあとは目を瞑ってむっつりと構えてしまったのだ。シカト。これはおそらくそうだろう。ぼくの話しかけ方が気に食わなかったのかもしれない。単純にぼくのことが気に食わなかっただけかもしれない。もしくはぼくのわからない未知の理由で、彼はぼくに距離をおいたか。なんでもいいけれど、とにかくぼくは拒絶された。ぼくは「すいませんでした」と言ってお辞儀をしてから、幾度ぶりかの「致し方なさ」に感慨なんてものを覚えることも決してなく、結局席に戻ることに決めた。
 そうして、
 踵を 翻して、
 ぼくの元に座っていた位置に、ジャージ姿の女の子が座っていることに気が付いた。別になんらおかしいことではない。二子玉川駅で2,3人乗り込んできたし、そのうちの1人がぼくの元いたところに座っていようがなんだろうが全く変なことではない。でもぼくが2秒だか、もしくは3秒だかだけ見つめていると、女の子はこちらを見てニヤっと笑って、「はろー」と言った  ような気がした。
 あとからわかることになるけれど、この子はこのぼくとの邂逅がきっかけで後にボブの友達になることになる、ある特定の人に限って心が少しだけ読めると豪語する女子高生だ。詳細は後々書くことにしよう。どうせすぐに出るから。

She seemed to be enjoying in there

「お兄さん、あのジュースと傘の持ち主が気になるんでしょ。具体的にいえばどうしてあんな忘れ方をしたのかっていうのが。あたし分かるよ!」
 接近するや否やそんなことを言い出すのでぼくは少々驚いたけれど、どうやらぼくの探している人間の条件を満たしているようなので、少なからずラッキーではあると思ったから、なんとか挙動不審にならずに返事はできた。
「えー、と」いや、やっぱり挙動不審だったかも。「それは見てたってこと」。「なにを?」。「そりゃ、一部始終をだよ」。自分で言っておいてなんだけれど、なんかドキッとする台詞だな。する必要ないのに。しかしぼくの思惑は何処やら女の子は首を振った。「よくわかんないけど、全然見てないよ、たぶん。あたしニコタマで乗り込んだし」。「じゃあどうしてさっきの台詞が出るんだよ」。言うと、女の子は言葉を選ぶ素振りもなく、「あたしにはわかるものはわかるし。正確にはわかるひとのことはわかるし」と返してきた。。
 全く意味がわからなくて返答に困っていると、「お兄さんのことは割りと筒抜け」とまで言われた。これもドキッとする台詞だね。こっちはする必要まで実際にあったかもしれない。でもぼくは別に心の臓を高鳴らすこともなく、むしろ、図工の時間に絵の具のチョコレートとべジーでも混ぜたら出来上がりそうな"変てこ"な色を『その場に感じ』て、歪なにおいに気分が少々おかしくなったことを悟った。どこだろう、この感じ。ノスタルジックの一歩手前。梃子の原理で一気に浮遊したみたいな。
「ああ」。合点がいった。「理髪店ボブの周囲の感じだ」。
 見ると女の子は『その感じ』を纏いながら絶妙な角度に首を曲げてこちらを覗いていた。駅員のアナウンスが聞こえる。いや、録音された女性の声。「扉が閉まります」そうきたら次は「ご注意ください」なんだ。知っているよ。だからぼくは咄嗟に降りた。桜新町駅。用はもう少し先の渋谷駅にあったし、降りたこともない駅だったけれど、そのときは何だか、無性にそうするしかないよねって、そんな気しかしなかったんだ。
「あっ」女の子が驚いて、すぐにぼくについてこようとしたけれど、女の子が体を挟ませる暇もなく、残念ながら扉は閉まってしまった。「ちょ、もう、信じられないよ!」そんなことを言っているんじゃないかとぼくに推測させるように口を動かしてドアに張り付いていたけれど、いざ電車が動き出すとどうしようもなさを自覚したのか、ハリセンボンが敵に近付かれたときみたいに頬をぷっくり膨らませて、ぼくをじっと睨んだまま、暗いトンネルの向こうへと流れていき、やがて見えなくなってしまった。
 バイバイ。
 さっき女子小学生にされたみたいに、ぼくは手を振っておいた。一周まわってまったく気障じゃないのは文面からも見て取れる通りなんだけれど、こうして書くと恥ずかしくないでもないな。しかも、そのあとその子にはすぐに再会することになるんだしね。それはもちろん、キミも知っての通りだよ。