why aren't you myth maker ?

     ○
 ボブの話を続けよう。
 ボブの身長は極めて低い。ぼくが高い部類なのもあるんだろうけれど、それにしたって目線が下に行き過ぎる。140センチ前後。それくらいじゃないだろうか。カットの最中は客が座っているのにも関わらず台を持ってこないと切るのに安定しないくらいだ。髪型はさっきも言ったように基本はボブカットだけど、たまにお団子にしているのも見る。金髪の髪は特に今の季節だと合う気がするけれど、よく考えたら雪にもあいそうだから、つまり黒髪と変わらない一般性かな。目は深い藍でずっと見ているとそこに沈殿していきそうな感じがする。あえて特筆するなら見た目はそんなものだろうか。キミのリクエストに応えて書いてみたけれど、こんなでいい? 足りなかったら言ってくれればまた特徴を見つけ出して書くよ。もちろんそれも気が向いたらの話だけどさ。
     ○
 ボブに関することだとこんな話もある。
 ある日のぼくは都心に向けての上り電車で揺られていた。恵比寿に住んでいる知人を訪ねるためだった。夕方で、車内はがらがらだった。最後尾だったのも一役買っているかもしれない。とにかく人はほとんどいなかった。ぼくも含めて5人くらいしか。ぼくは大体の人がそうするように、一番端の席に陣取っていた。ぼくの"端好き"は隣の端の人が空いたからといって腰を浮かして詰めるほどでもないんだけどね。乗ったときに空いてたら座る。その程度の好きさ加減だ。そのときは文庫本や雑誌の類は持っていなかったし、特にすることはなかった。キミも知っての通りぼくは携帯電話というものが嫌いだから、当然いじることはない。でも、どうしてはじめの間は気付かなかったんだろうね。というのもさ、ふと見ると、ぼくの席の反対側に、つまり左端に座っているぼくの座席の反対側である右端に、飲みかけのポンジュースとフリルのついた折り畳み傘が、なにげなく置いてあったんだ。あんなものあったかな、と不思議がったのは一瞬か。すぐに興味がなくなって、そしてまたすぐに興味がわいてきたわけ。だって、あれらの持ち主は、なにがどうなってあんな大胆な忘れ物ができたんだ? 座るときに両端にジュースと傘を置いて、降りるときに両方共忘れていったっていうのか? 変な話だ。ぼくだってそんな忘れ物はしない。どういうことだろう。

Didn't you leave your pon juice and umbrella behind ? Hey, Do you remind?

 ぼくは暫く考え込んでいて、そしてらちが明かないことに気が付いた。ぼくは心を決めて立ち上がり、ぼくの正面に座っていたおばあさんに声を掛けた。ぼくが乗り込んだときから既にいたおばあさんだ。「あの、非常に恐縮なのですが、ひとつおたずねしてよろしいですか?」うそだ。こんな丁寧な口調ではなかった。「へい、そこのオールド・ガール。ひとつききたいんだけどよ、みみかしてくんね?」こんな乱暴な口調でもない。「すいません。ちょっとおたずねしたいんですが」こんなものかな。忘れたけれど多分こんな感じだ。まぁなんでもいいよ。なんにせよぼくはそこのポンジュースと折り畳み傘の持ち主について訊いてみた。でも収穫はなかった。おばあさんは首をふるふる震わすと「存じ上げませんわ」と言った。パナハッチェルの湖に浮かぶ二三羽の白鳥が一斉に歌いだしてたとしてもこのおばあさんほどの美声は出ないだろうとぼくは思った。それほどまでにおばあさんは"いい声"をしていた。
 ぼくは首を傾げて言った。「ありがとう。ということは、ずいぶん前からあれらはあそこにあるということ」。「その通りですわ」。おばあさんは頷いた。ぼくは丁寧にお辞儀をした。これはきっと丁寧だったよ。きっとね。