why aren't you myth maker ?

Are you just miss maker?

 知っている人は知っていると思うけれど、理髪店ボブの通り沿いは大体が狂っている。今更こんなことを言う必要もないのかな? そんなこと胃の底に押し込んだままでいろってさ。そう言う人も多いと思うよ、実際。でもぼくが駅から家までの道中を歩いているとどうしても目に入るのは事実だし、色々なことを押し込んで生きているぼくが、ほとんど毎日溜まっていくことを、たとえそれが些事だとしても、溜まりゆく以上、発散させずに済むと思う? …済まないんだな、これが。日本には塵も積もれば山となるってことわざがあるんだよ。まぁ、ボブは知らないかもしれないけどさ。とにかく、積もる前に払ってしまいたいワケ。そっちのほうが捗るからさ。わかる?
 あと、キミもこっちは知らないかもしれないけど、最近ぼくは二年も付き合ってた彼女と別れたばかりで、なんていうか、世界をありのままに受け入れるのもイヤな気分、って感じなんだよね。それは狂ったことを受け入れられることに直結しそうな気もするけれど、実はしないんだよ。正常を億劫に感じれば感じるほど、狂気もまた気持ち悪く思えてくるものなのさ。それについては追々説明するよ。とかく今は理髪店ボブの話だ。
 理髪店ボブの店長は実際にボブって名乗る人物で、つける必要あるのかないのかわからないのはひとまず置いておいて、とにかく胸元につけているネームプレートにも確かにボブって書いてあるけれど、何が変って、まずどうみたってボブって顔してないだろ、ってことなんだよね。だってボブって欧米の名前だろう。しかも男の。さらに偏見を足すと、赤いキャップを被っていて常にバスケットボールを抱えている黒人の元気な男の子の。スニーカーにこだわりがある、って設定があってもいいよ。とかくボブってそんな感じだし、こういう偏見、キミもわかるだろ? ボブってそんな感じさ。
 だのにその理髪店ボブのボブは女の子だしおそらく中国人(韓国人かもね。なんにせよそっち系。日本人でないことは発音でわかるけど)だし、もうボブ的要素ゼロだよ。だからぼくははじめてボブに対峙したときに言ったんだよ。「きみボブじゃないよね」って。でもボブは「わたしはボブです」の一点張りだっていうんだからしょうがない。確かそのときって理髪店ボブが三周年だか四周年だか記念で割安にするっていうチラシをボブが配っていてぼくがそれを受け取った途端にはじまった会話だったと思うけど、何であれボブはボブであることを頑なに主張するんだ。なにが「わたしはボブです」だよ。中学校一年生の頃にタイムスリップしたかと思ったね。英語のテキストだよ。I am a Bob. その下に和訳の「わたしはボブです」。そう、その英和文の挿絵のボブが、ちょうど赤いキャップにバスケットボールを抱えた黒人の少年だったと思うけど、
 まあ、
 そんなことはどうだってよいのさ。
 あ、そうそうボブ的要素ゼロ、で思い出した。ひとつだけあったなボブ的要素。ボブってボブカットなんだ。……やっぱりボブ的要素にはなりえないけど、まぁ唯一ボブって言葉に関連するところを見つけるとしたらそこだろう。さすがに理髪店をやっているだけあって結構きれいなカットがしてあって、店長がそういうボブカットをしているのなら、まぁ切られてもいいかなって思う女の子も多いのかな。見た感じ、理髪店ボブの戸を叩く女の子は割と多いし、しかもそのうちの三割くらいはボブと同じようなボブカットになって出てきたりする。そうでない子も嬉しそうな顔して去っていくし、そういうことを考えると、もしかしたらボブの腕は優秀なのかもしれない、とは思うよ。腕は認めてもいいかもね。
 脱線したな。閑話休題。で、問題なのはぼくとボブは始めてお互い顔を合わせたときの会話がさっき言った通りで、実はそれ以来もずっとそうだった、ってことなんだよね。つまり、ぼくはボブと会うたびにボブがボブであることを否定してきた。そしてボブはボブがボブであることをただただ肯定してきた。一歩引こうっていう考えは両者共一切なかったね。そこにおいては日本人的感性ゼロ。あ、これってボブ的要素になるかもね。ぼくにも言えちゃうことだけどさ。
 しかし、キミは不思議に思っているだろう。なんでぼくがそこまでボブがボブであることを認めないのかって。これについては答えたくないから答えない。そういうことも赦される空間だ、ここは。残念だったね。ただひとつだけヒントを言うと、面識ができてからのボブの否定っぷりは見ていて面白かった、ってことかな。喧嘩ってほどでもないただの言い合いだから、段々バリエーションなくなっていくんだよね。いや、増えていくのかな? とにかくボブが店頭を掃除していたときにはじまった六度目とか七度目とかの言い合いなんかでは、よく意味はわからないんだけど持っている箒をぐるぐる回しながら「わたしはボブです! ボブです!」とか言い出してさ、あまりの謎さ加減にぼくはふきだしちゃって、そうすると一層ぷりぷり怒るんだよ。そのときばかりは言い合いではなかったかもしれない。一方的に言われていただけだ。何せ笑って舌がまわらないっていうんだから仕方ないよ。あれは仕方ない。
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